過去ログ

美世志会~連帯を求めて~
美世志会~連帯は塀を越えて

山田さんからの手紙

お互いを信じて笑顔で再会出来る日を!

 封筒を購入することが出来ましたので、早速ペンをとりました。朝の運動の時間に外気に触れると、ひんやりとした空気が突き刺さるようになってきました。ここにきた当初は昼食時に流れるラジオニュースで「木枯らし一号」が吹いたことを知り、「もうそんな季節かあ」と驚いたものです。それがもうすっかり冬らしくなり、今日からは師走。一ヶ月の時が過ぎたことを実感します。
森下さんにはこの間、御多忙の中接見に来てくださり、御礼の言葉もありません。汗をかきかき接見して頂く森下さんの熱意と、森下さんから伝えられる仲間の激励に、単調な日々が続く現在はもとより、特に精神的に厳しかった20日間の取調中は、私の生きがいであったと言っても過言ではありません。遅くなりましたが御礼を申し上げます。これまでもそうであったように、自分を見失わず、人間らしく生きていきたいと思っています。これからも様々なお世話になるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。(中略)
東労組の仲間の皆さんにもお世話になりっぱなしです。毎日の差し入れは本当に有り難く思いますし、接見の際にきくと仲間の激励がなによりの生きがいになります。また、職場の皆さんには勾留理由開示の時にたくさんの見慣れた顔を久々に見ることができて、元気も勇気も100倍となりました。職場でのたたかいも想像を絶するものだと思います。また、ご家族の皆さんの心配する気持ちは並々ならぬものがあると思います。しかし今の私はじっと耐えることができません。どうぞ職場の皆さんとご家族の皆さんにも、お互いを信じて笑顔で再会できる日を楽しみにしているとお伝えください。(中略)
私の体調はいたって良好。体重は2キロ増。周りからも「お前太ったなあ」と言われるようになってしまいました。まあ色々と考えることもありますが、よく食べ、よく寝て、前向きにこの時間を有意義なものにしようと心に決め、元気でやっていますので、ご安心ください。
風邪のはやる季節になりました。今年もインフルエンザ流行のきざしが見えるとか。どうぞ森下さんもお体に気をつけて、東労組の仲間の皆さんにくれぐれも体調には気をつけるようお伝えください。

2002年12月1日
警視庁原宿署留置場にて
山田 知

追伸 「金魚飼育委員会」の皆さんにもよろしくお伝えください。

元三鷹事件最年少被告・清水 豊さんからのメッセージ

正義と真実は労働者にあり!

 2500名の会場を埋め尽くした組合員と家族の皆さんの不当弾圧に対する怒りと仲間の無罪釈放の日まで断固闘い抜くという決意表明に、私も感動で胸が熱くなりました。
53年前の1949年(昭和24年)夏、三鷹事件で不当逮捕され、死刑か無期だと脅迫され1日10時間を超える過酷な取調を受けた当事者として今回のJR総連に加えられた弾圧に怒りを込めて抗議するものです。
三鷹事件は、当時の政府吉田内閣とアメリカ占領軍が仕組んだ謀略事件です。国鉄労働者や共産党員を暴力やテロの集団と決めつけ、マスコミを使って大宣伝をかけ10万人の首切りを強行、反戦平和の活動家や共産党員を職場から追放しました。そして翌1950年(昭和25年)6月、アメリカは朝鮮戦争を開始、米軍60万韓国軍200万の軍隊を動員しました。国際連合の15カ国の軍隊もこれに同調しました。この戦争で126万人もの死者を出しました。日本の軍事基地は利用されました。いま又小泉政権はこれに懲りず、アメリカのアフガン侵略戦争に自衛隊と日本の国土と国民を動員するため今国会で有事法制を完結させようとしています。
JR総連の皆さんが、組合員と家族の生活と権利を守り平和を守るため、有事法制反対、憲法9条を守る闘いの先頭にたっていること、アフガンや中国支援など国際連帯の分野でも献身的な活動をすすめられ、広く国民の信頼と共感を集めていることなどに苛立つ権力が強要罪をでっち上げ、組合員の不当逮捕、家宅捜索でこれを弾圧し、外から組織破壊を狙って攻撃をかけてきています。
しかし正義と真実、道理はJRの組合の側にあります。この攻撃はJR総連だけに加えられたものではありません。戦争反対、平和を願う総ての労働者と国民に加えられた攻撃です。私たちはこの弾圧事件の真相と本質を、より広汎な人々に訴え、不当逮捕された7名の労働者の無罪釈放闘争を拡大強化し、勝利をかちとろうではありませんか。共に頑張りましょう。

2002年12月2日

上原さんからの手紙

すべての仲間への信頼感はこれまで以上のものになり、そのことにいささかの不安もありません!

 留置場のなかも大分移監がすすみ収容されている人数も少なくなってきました。いまのことろ、お陰様で何不自由なく生活しておりますので、ご安心下さい。職場の仲間達にもよろしくお伝えください。特に浦電分会森田執行委員長には就任当初からの重要かつ厳しい現実に直面し、さぞかし驚き苦悩の毎日だと推測され、大変な苦労をおかけしていることに御礼を申し上げます。体に気をつけ、酒には飲まれることなく、おいしくお召しあがりください。頑張っている姿は先生(弁護士)の話にも聞いていますし、私自身もすべてお任せしております。私の事を案じてくれる想いも充分伝わってきます。森田委員長含め、すべての仲間の皆さんへの信頼感はこれまで以上のものとなっていますし、その事に対してはいささかの不安はありません。また分科会海老沢会長はじめ宮澤さんなども、毎日のように家族への対応をしてくれている事との話を聞き、涙が出るほどうれしく思っています。本当にありがとうございます。
逮捕から早くも一ヶ月が経過し、朝晩もめっきり寒くなり、皆様におかれましても、身体には十分気をつけて日夜の業務を遂行して頂きように、お祈りいたしております。
新聞によれば、全株式上場記念として旅行券が支給されるようですね。外からも東労組のありがたくと力強さがみてとれます。本部、地本、支部、分会の奮闘に敬意を表します。 今年の初雪ではダイヤも乱れたようで大変だったと思います。特に2回生は初めての雪の中の運転で神経をすり減らしたのではないかと察しております。今回の逮捕によって予備者も少なくなり、食事についての苦労もあることと思いますが、岡原は相変わらずの大食いなのでしょうね。冷たい食事しか食べられない私からは非常にうらやましい限りです。食べ過ぎに注意してください。
これから分会としては望年会や旗開きなど酒を飲む機会が多くなりますが、身体には十分に気をつけて楽しい酒となるようにお祈りしています。逮捕当初からの集会や連日の差し入れに対し、また私の家族へのお心づかいに対しまして重ねて厚く御礼を申し上げます。

上原 潤一

小黒さんからの手紙

今回のことで何も後悔はありません。自分を信じています。
やはり仲間はいいと思います。

 いま職場の仲間達のことを考えています。今日で42日になりました。とても長いです。私はいまとても落ち着いています。毎日、本を読んでアミーゴ(コロンビア人)と話をしています。たくさんの仲間達が先生と一緒に来て寒い中で待っていると聞くと目が熱くなります。  私は毎日の取調で気が狂いそうになりました。一度だけ「もういいや。10年子どもに会えず、会社もクビだから死んでもいいや」と思いました。その時、留置担当に「お前、子どもだがいるんだろ。しっかりしろ」と言われ、ハッとしたことがあります。私自身、東労組で何を学んで何を知ったのか、考えるようになりました。この世界は、戦争によって生きたくても生きれない人、子どもの為に生きたくても生きられなかった親、自分の可愛い子を亡くした親、未来や希望を持っていたのに死んでいった子ども達。そういうことを考えています。死んでもいいなんて思ったことを恥じています。
今回のことで何の後悔もありません。自分を信じています。他の6人も一緒です。そして東労組の仲間もいます。力が湧いてきます。やはり仲間はいいと思います。私は取調でいつも心の中で歌っていました。それは昔、津曲たちとよく遊んでいた時に歌っていた曲で「それが一番大事」「愛は勝つ」でした。

 津曲に伝えてください、役にたったと。だから私は最後まで自分を信じてみようと思います。裁判所で目にしたのは妻と木村(力)、新田、及川、宮澤さん、高橋(健)、山口(哲)の声、ゴメン。地本三役ぐらいしか見えませんでした。でもたくさんの人が来てくれたと思うと涙が止まりませんでした。この間、京浜四の仲間も来てくれました。八王子地本の人もたくさん来てくれています。蒲田の小川君、阿部君、森田さん、私の気持ちを伝えてください。新田へ、島田と齊藤も来たよ。ありがとうと言っといて。上車の組合員の皆さん、そして同期に皆さんの言葉に勇気づけられています。ありがとう。頑張ります。

小黒 加久則

梁次さんからの手紙

東労組組織破壊の不当性をあばき、平和と民主主義のため 共に闘おう

 新年あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願い申し上げます。
私にとって昨年11月以降は、逮捕・勾留・起訴、東京拘置所と辛酸をなめさせられました。まさか正月を拘置所で迎えるとは思ってもみませんでしたが、大みそかの夜には年越しそばが、ラジオで紅白歌合戦、除夜の鐘の音も聞けました。また元旦の朝には、黒豆、コンブ、カマボコ、ダテマキなど20数品入ったおせちセットが出、昼にはモチも出て、一応正月気分にひたっています。小雪もちらついたそうですが、差し入れの布団、衣類で温かくしています。
いよいよ2003年になりました。2月の第一回公判も日一日とせまってきます。
JR東労組の運動と組織破壊の不当性をあばき、平和と民主主義の発展にむけ、しっかりがんばっていきます。女房や家族たちが、新年をどう迎えたか気になりますが、私が元気でいることと、風邪などひかないようお伝え下さい。
また昨年12月26日の集会が大盛会で開催されたことを聞きました。組合の皆様にも「新年あめでとうございます。共にがんばっていこう」とお伝えください。

<下手な句>

寒い桜 小菅の塀に 落ちるとも

からっ風 仲間のゲキか 汽笛聞く

霜柱 陽当たりさがし 素足踏む

寒独居 塀のうちそと コブシあげ

除夜の音 濁世民怒 長嘆なり

新年を 点呼で迎える 鉄格子

おせち食う おとそ祝詞は 来年に

上原さんからの手紙 2

最近、夢で仲間たちに会うことが多くなりました!

 連日の差し入れ、宅下げ体制を非常に忙しいなかで万全に取り組んでいただき、本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。新年を迎えてから、早くも13日が過ぎましたが、最近、夢で仲間達に会うことが多くなっています。以前、四ッ谷に居るとき以上に鮮明に覚えていることが多いのです。先日は、本部の石川副委員長はじめ、戸谷さん、溝口さん、中島幹さん、蒲田の清水君などや、今井ちゃんや韮沢さんなども出てきました。みんなが頑張れ!!と言っている証左だち思っています。
最近、分会はどうですか。私たちへの対応が重なり余計な取り組みが増えてしまい、本当に大変だと思います。分会や支部でみんなで頑張っている状況など是非、知らせてください。
大変な取り組みになっていますし、まだまだ長くかかりそうです。くれぐれもお体を大切にしてください。

上原さんが書いた、独居房のイラストです。

八ツ田さん、齊藤さんからの手紙

<八ツ田さんからの手紙>

毎日、本当にありがとうございます!勇気づけられます!

 職場の仲間へ
少し遅くなりましたが、新年おめでとうございます。 職場の皆様、お元気ですか。私は、いま東京拘置所で元気に生活しています。(昨年12月24日に移監されました)寒さにも慣れました。入所したころは本当に寒くてやっていけるのか、不安でした。皆様に差し入れ(布団、毛布、サッカーコート、半天等)をして頂き、今日まで過ごしてきました。年をとると寒さはこたえます。今は、風邪もひいていません。毎日、ボリュームのある食事をきちんと頂いています。
職場は今、どのような状況ですか。阻害などは発生していませんか。今年に入り、2件連続して阻害が発生したと伝え聞きました。私たちに関わりを持ちつつ、業務を遂行することはたいへんなことです。本当に皆様には苦労をおかけします。私たちは、房のなかで一日を過ごせばよいのですが、仲間の皆様は厳しい毎日を過ごしていると思います。差し入れ、宅下げにも多くの方が寒いなか、足を運んでくださり、本当にありがとうございます。本当に勇気づけられます。これからも寒い日が続くと思いますが、お体に気をつけてください。

<齊藤さんからの手紙>

心も体もポッカポッカです!

 たくさんの差し入れ、檄布など大変ありがとうございます。私はもう辞めた身分であり、いろいろとご迷惑をかけ、差し入れなどいただく資格は全くないのですが、ご好意に甘えさせていただきます。改めて仲間の暖かさを感じています。部屋は暖房もなく寒いです。しかし多くのみなさんからいただいた差し入れ、檄布などのおかげで、身体だけでなく、心の中もポッカポッカです。先はまだ長いですが、私は勉強のため強化下宿と位置づけて頑張っていきたいと思います。これからも寒さがますます厳しくなります。風邪などひかぬようお気をつけください。大変ありがとうございます。

大澗さんからの手紙

 私、大澗慶逸は、逮捕されて以降、東労組全体の支援、連帯に支えられ、また弁護活動や組合員の皆さんによる連日の差し入れ活動を心の支えとして頑張っています。
本部の計らいによって7名の身分を保障していただいたこと、菊地浦和支部委員長により家族会を結成し、7名の精神的支柱と絆を固めていただいたことに感謝します。
今後、私は人生の後半を裁判闘争を含めた労働運動に捧げたいと決意しています。長期間に亘る闘いになると思いますが、最後まで私達に対し、支援、連帯をいただけることを切にお願い申し上げます。
以下は、私の気持ちを表明した詩です。

東拘にて 大澗 慶逸

頑張れ

魂こ、
くれるはんで頑張れじゃ。
調べこ、
はげしくてだめだじゃ。
そのはげしさば、
とばして頑張れじゃ。

おじさん

思わぬように
思わぬようにと。
ーーーだが
心の隙をねらって
うれしくも
おい、めいの顔が
ひょいと頭に飛び入った。

調べ

窒息するほどの気配
戦慄がうずく
瓦解の恐怖
脱落のささやき
あやしい誘惑
とらわれの苦悶
さげすみの眼さし
単調さ。
たとえ一瞬でも
しんから安心できない
用心の用心を重ねながら
果てしがない困難を
追いかけていく。

上原さんからの手紙

初公判に傍聴に来てくださった皆さん!
本当にありがとうございました

本当に久しぶりで多くの仲間たちの顔を見ることが出来、今後にむけても大きな力となると思われます。本当にありがとうございました。皆さんの元気な顔が見られて大変心強かったです。
本部からも石川副委員長、奈良副委員長が見えられ、地本から柳原委員長にも来て頂きました。支部からも菊地委員長はじめ上唐湊青年部長にも参加いただきありがとうございました。分会からも多くの仲間が来てくれ、今になって涙があふれてきます。森田分会長、笹沼副委員長、佐野ちゃん、海老沼さん、清水さん、宮澤さん、秋山さん、それと元気のある北島君と岡原君、本当にありがとうございました。賢ちゃんの顔を見て本当に嬉しく涙が出てしまいました。今後もいろいろと大変ですが、よろしくお願いします。
顔を見られたのですが、話が全然出来ないのが悔しかったです。早く実現してほしいものです。第一回の公判が終了し、ほっとしているところです。しかし余裕は全然ありません。あと一ヶ月で第2回となります。今後はさらに具体的なものが要求されていくと思いますのでよろしくお願いします。
まだまだ天候も不安定ですので、くれぐれもお体にはご注意ください。
本日は本当にありがとうございました。

2003年2月25日

上原さんからの手紙

 昨日、加藤弁護士から「却下」という決定を聞き、覚悟はしていたものの目頭は熱くなっていました。手紙を書こうとしたのですが、何一つよい方向に進まぬ現実からの逃避することだけを考えそうになったので一日待つことにしました。四谷警察署で私が迷っていた時の杉山先生の言った「組合と仲間、そして自分を信じろ」という言葉を思い出したからです。本音は一日も早く出たいと思っているのですが、当時決意した自分に対しても、つらくてしようがないけれど立ち返ろうと考えたのです。そう考えられたのも、先生の嘘いつわりのない言葉と人間性を信頼しきったからだと思います。
職場のみなさん、私は「保釈却下」のショックからどうにか立ち直り、また正義へと進んでいきます。ご安心ください。家庭のことを考えるとつらくなるときもありますが、自分のためにも家族のためにも前へ進もうと考えています。今回の問題で相手の意図ははっきりとしています。そしてその意図に従うわけにはいかないのです。だから負けられないのです。その道は本当に険しくてつらいものですが、未来にむけた思いと小さな光でもそこへ向かわなければならないと再度考えました。

<山田君へ>

誕生日の件、本当にありがとう。相変わらず人に優しいね。ラーメン食べながら山知の優しさに泣いてしまいました。正直なところ途中で皆を裏切って早く済ますことを考えたこともありました。つらいけれど、迷わないつもりです。頑張ろう!今はもうこれしか言えません。本当にありがとう。

<梁次さんへ>

初公判で髪型が変わっていたので驚きました。またも保釈が却下になり当日は落ち込みましたがもう大丈夫です。これからもつらいとは思いますが未来にむかってがんばります。

<小黒君へ>

元気そうな顔なので安心しました。内面のつらさは私も同様です。またショッキングな状況になり本当に落ち込みましたが、泣いても始まらないことが少しわかってきました。悔しいしつらいけど、もう前に進むしかありません。これからも頑張ろう。

<斎藤君へ>

久しぶりに顔をあわせました。新たな人生を歩み始めたときに大変な思いをさせてしまいました。つらいけれども頑張るしかないと思っています。明るく元気な笑顔で逢えることを楽しみにしています。

<八つ田さんへ>

疲れているように見えましたが大丈夫ですか。先がみえなくてつらいけれども泣いてばかりいてもダメだと思いました。まだ先は長いですがともに頑張りましょう。

<大澗さんへ>

元気そうで安心しました。私は相変わらず弱虫になってしまいました。でも自分の進む道へ向かうことはつらくてもやり抜かなければなりません。子供たちの写真をみるとつらくなりますが、子供たちのためにも頑張らなければと思っています。

俺たちは間違ってない、正々堂々と闘うぞ!

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